HACCP


ここでは2019/6/26に発刊致しました「実践版 使えるHACCP」の教本の中から、
一部テキスト内容を抜粋してご紹介しております。 

HACCP(ハサップ)概論

 広田鉄磨 (Tetsuma HIROTA)
関西大学 化学生命工学部 特任教授

前書き

日本のHACCP(ハサップ・ハセップ)の歴史というのは 墓標を立てていくことの繰り返しであったのではないでしょうか。アメリカのHACCPの表面的なコピー、そこに日本的なHACCPの一つの特色として 大量の文書を積み上げ、しかし その文書量は年々重厚長大化し、現場との齟齬の是正のないまま矛盾が積みあがっていきました。対して最近、CODEX HACCPを謹直に遵守するHACCPチャレンジ事業登録が 2015年11月に立ち上がりましたが わずか3年で登録数は788件(2018年10月27日時点)に達しています。

並行して 民間においても 自身が正統派と標榜するHACCP群の導入がありました。 すべてに言えることですが まだHACCPが世の中で珍しかった時分では 新規性もあったかもしれませんが 年月が経つにつれ 実際のラインでは機能しがたいという評価が定着してしまい 正統派の標榜はどこへやら いつの間にか隅っこのほうに追いやられてしまっているようです。

2018年6月の改正食品衛生法の発布を機会に 再度 HACCPにチャレンジしようという機運が高まってはきていますが HACCPの教育や指導に当たる人たちの多くは まだHACCPの有効性の確保には あまり熱心ではないような気がします。

今回出版のこの教本は 2017年に大阪の関西大学梅田キャンパスで生まれ、2018年度からは農林水産省補助事業認定を受けた研修体系を運用するなかで得られた学びを 最大限に生かしたものとなっています。受講生と真摯に向き合い 有効性のあるHACCPこそが目指すところである、有効性の確認できないものをHACCPとは呼ぶな という固い信念のもとに 受講生にいかにHACCPの神髄を理解してもらえるか試行錯誤の積み重ねの結果が この本となって結実しました。この教本は 独学でHACCPを勉強する方にも 座右の銘となりえますが、 株式会社 環境科学研究所と 一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズが共同で運営するHACCP研修に参加し その参考書として読んでいただくことで 効果が最大に発揮される構成となっています。

日本のHACCPの歴史

HACCPの国外・国内での歴史を簡単に示すと次の表のようになります。1950年代末から本格的にスタートしたものといえば、食品に関わる技術体系としては アセプティックがあります。ちょうどそのころ薬剤を使用しての包材滅菌手法を導入し始め その後 革新的な技術として市場の認知を得ていったのですから 1950年末に創始といえば食品産業界での技術革新としては比較的新しいほうに属することになります。

食品業界というものは技術革新が遅れがちなフィールドですが、ことHACCPに関してはそうでもなく 導入の時期は 社会・産業界全体で リスクアセスメントがスタートしたころと一致します。 つまり 社会が旧来の(existing)或いは新規の(emerging)リスクというものを 漠然とした概念としてではなく 全て定量化すべき対象として意識し始め、リスクに対する対策を社会目標として討議し始めた直後に数多く生まれた「リスクマネジメントチルドレン」の一人といえるでしょう

国外(特にアメリカ、EU)

  • 1959年~1960年代 米国ピルスベリー社が宇宙食の安全性確保のためにHACCPを構築
  • 1973年 FDA(米国食品医薬品庁)がGMP(適正製造基準)基本法の施行に伴う「低酸性缶詰食品のGMP」にHACCPの概念を導入
  • 1993年 Codex(国産食品規格)委員会がHACCPシステム適用のためのガイドライン策定(1999年改正、2003年改訂)
  • 1993年 EU理事会指令:HACCPの手法による衛生管理;(2006年から義務化)
  • 1995年 FDAが水産食品のHACCP規則を公布
  • 1996年 USDA(米国農務省)が食鳥肉製品のHACCP規則公布
  • 2001年 FDAがジュースのHACCP規則を公布
  • 2011年 米国が食品安全強化法を公布

国内

  • 1995年 厚生労働省が「総合衛生管理製造過程の承認制度」の中にHACCPを導入。政令指定品目:乳および乳製品、清涼飲料水、食肉製品、魚肉練り製品、容器包装詰加圧加熱殺菌食品
  • 1998年 厚生労働省、農林水産省が食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法(HACCP支援法)を公布
  • 2013年 HACCP支援法が2023年までに延長
  • 2018年 改正食品衛生法国会通過 HACCP義務化に向けてのステップが示される

HACCPというものが産声を上げて まだ多くの年数が経過していないころ、アメリカ・EUでは法制化という「正式な嫡出子」としての認知を得て 社会における実装実験が始まったわけですが、ちょうどそのころに 日本でも総合衛生管理製造過程の承認制度が誕生したという点では 日本はそのころHACCPレースの中でなかなかの順位を勝ち取っていました。

しかしながら その後の進捗は思わしくなく、さらに当時 総合衛生管理製造過程型HACCPの最先端を走る企業と評されていた乳業メーカーによって2001年の黄色ブドウ球菌産生毒素による大量食中毒事件を引き起こしてしまったことは 大きな躓きとなりました。

その後 食品の輸出振興のためには 有効なHACCPを定着させないといけないという巻き返しの努力が開始されはしたものの やはり いったん躓いた状況からの回復は容易ではありません。

日本のHACCP研修の実態

HACCPという実務教育は 本来 勉強→(現場での)実践→反省→(更なる)勉強というPDCAを回していく いわば生涯学習という仮定の下に 連続性をもって学んでいくべきものですが、日本では いつの間にか 研修を受講して修了証をもらえばそれで終わりといった 受講の事実イクオール生涯資格の様相を見せてしまっています。自動車運転免許証のように 視力などの運転適性 過去の交通違反などの資格要件のチェックがあるわけでもなく、いったん修了すればその後のフォローアップはまったくなされないものとなり果てています。

いくつかの団体からは さらに上級のコースを準備しているのであるから 自分たちのものはフォローアップ付きの継続的な学習であるという反論も聞こえてきそうですが その上級コースの内容についても 第三者機関がチェックすることを義務付けられているわけでもないので 筆者自身が実際に受講して経験したように 責任者向け研修のほうが 指導者研修よりも内容が充実しているということが起きても不思議ではありません。

また ISO22000の審査員登録のように CPDや審査歴の提出が求められるわけではありません。HACCP研修群全体を通していえば 研修中の受講者の到達レベルの確認は非常に不確かなものですし、 研修後には まったくHACCP関連分野での実績がなくても認証は維持できます。HACCPをやっていると宣言すれば どんなにお粗末なHACCPプランを作成していようと、どんなにひどいコンサルティングをやっていようと 専門家然とした顔を押し通していけるというのが事実です。

既存の研修では受講者の到達レベルの確認があまりにも緩いという反省に基づいて、私どもの研修では すべての受講者に 自ら構築したHACCPプランを研修室前面に立って発表してもらうという手に打って出ました。責任者研修の期間はわずか三日間 その中でHACCPプランを書き上げ それをまた皆の前に立って発表するというのは非常にタフな作業です。特にHACCPにあまり触れたことのなかった人にとっては 専門用語の羅列になじむだけでも大変でしょう。それにもまして 自分なりのロジックを打ち立て 潜在的な危害要因の抽出と その中でも有意となりうる危害要因への管理手段を設営していくというのは まさに苦難の道のりです。

それをたった三日間の間で「もの」にしてしまうことで 自分が単に一方的な講義を聞いて知識を吸収することだけに専念していたわけではない、研修で得た知識を自由自在に駆使できる技量にまで至ったという証明を求められるわけです。また皆の前で発表して他の人々の賛同を得るということは 本人のコミュニケーション能力の確認となり、周囲の人たちに理解してもらって初めて機能するHACCPというシステムの展開に当たっていく人々にとっては 欠くべからざる能力の確認を同時に行うことができる体系といえましょう。

一般向け 民間によるHACCP研修の実態

いわゆる民間主催ではあるものの行政の後押しを受けている形のものといえば、農林水産省の補助事業認定を受けている研修が大半を占めており、平成29年度でいえば、東京サラヤ、日本HACCPトレーニングセンターHACCP実践研究会北海道食品産業協議会が全国各地で計50回程度(HACCP研修としての内容を充実させるためには収容力には技術的限界があり)一回数十名が限度、つまり最大でも2,000人程度の卒業生を輩出していくのがこの補助事業の能力的な限界ということになります。
また、食品産業センター(農水系)、食品衛生協会(厚労系)なども定期的に自主的なHACCP研修を運営していますが、これらもまたそれぞれ100人程度の受講が限界かと思われます。

つまり、行政の支持を受けて実施しているHACCP研修をすべて合わせても年間二千数百名程度の修了者しか世間に送り出せないということになります。
平成30年度には研修予算の増額が行われ、直接的にはHACCPを取り扱わない「説明会」を除き、「品質管理担当者研修」52回、「指導者養成研修」10回の開催が動きはじめていますが、それでも補助事業対象外の研修まで込みで、民間では三千数百名の修了者を送りだすのが関の山ではないでしょうか。
農水省の食品産業に関する統計1)によれば、食品産業従事者は平成28年度で827万人、労働者の就業可能年数を30年とし、極端に少なめに見積もって、就業者100人につき1人がHACCP研修を必要とするという推定をしてみても、毎年2,800名をトレーニングしていなければ退職によって生じる欠員すら補充できないということになります。前記、平成30年の予算増額後であっても三千数百名というのは、退職による欠員を補うのがやっとというところでしょう。

1)http://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/03.html
対してアメリカでは、相当の決意をもって人員増を図っていることが見て取れます。

表:アメリカにおけるHACCP研修受講者数の進展

前出の表はHARPC導入後、2017年9月の時点で発表されたアメリカでのヒト向け食品安全責任者研修、受講証明証発行数ですが、すでに国内で33,000件の報告があり、アメリカがHARPCの導入をきっかけにHACCP体制の再構築にいかに本気になっているかが見て取れます。

一般向け 民間によるHACCP研修の水準

筆者は東京サラヤの責任者・指導者研修を受講し、講師間の意見にかなりの差異はあるものの、そこをあえて調整はせず、どの講師の見方を採用するかは受講者の判断に任せるという自発性を重んじる方向性に感動したという経験をもっています。ある程度のHACCP素養がある人間にとっては、東京サラヤの研修は楽しいものでしょう。金太郎あめのようにどこを切っても同じ模様が出てくるといった退屈な内容ではなく、いわば玄人受けのするタイプの研修といえます。このサラヤ研修の他に抜きんでた長所は、弊会のHACCP研修のベンチマークとして活用させていただいております。

弊会の運営するコースに参加する者たちにも他社の研修を受講したことがあるという面々は多くいるのですが、HACCP研修を単独で、あるいはいくつか連続で受講したことがあるという方々には 往々にして次に記す症状を発見します。

 · 幕ノ内弁当的な危害要因分析
 · 祈りの姿勢の重視
 ·工程で品質を盛り込むという概念の呪縛
 · おひとり様HACCP

これは私どもが勝手に名付けたものですが、まるで幕の内弁当のように危害要因分析表にありとあらゆる一般衛生管理が詰め込まれ、百花繚乱の様を呈していることがあります。確かににぎわいとしては嬉しいことですが、よく見てみると危害要因の挙動と管理手段の関係が非常に希薄で、管理手段を置いてはあるもののそれが危害要因に対して何らといっていいほど有効性を持ち得ていないという症状です。

私どもが研修中に冗談交じりに忠告することですが、「手が直接製品に触れることもないし、製品に触れる機器を手で交差汚染させることもない工程の話をしているのに、なぜ手洗いの重要性をそこまで強調しないといけないのですか? 手を洗うという『儀式』は、手が全く関与していない工程でもそこまで重要となりえますか?」
(私どもの研修で想定している冷蔵庫の温度設定は 腸内細菌群であれば徐々に増殖する8℃となっています)

「生物学的な危害要因の『増殖』は8℃では抑えきれないことが明らかなのに、なぜ冷蔵庫の温度を頻繁にモニターしようとするのですか? モニターするという『儀式』そのものに増殖を抑える効果があるとでもいうのでしょうか?」となってしまいます。直接の効果を云々するよりも、祈るという「儀式」のほうを重視したいという心持を我々日本人は色濃く持っているのかもしれません。また、日本的な工程管理の美学と言われている「工程で品質を盛り込む」という心持はHACCPの場面においてはかえって邪魔になることがあります。

自分の担当する工程では、完璧なものを作り出さねばならない、次工程はお客様であって瑕疵のあるモノを次に回すことは担当者の恥であるとなると、後工程にCCPがあっても、それになんら管理をゆだねることができないという精神面での縛りとなりがちです。言葉を変えれば、自分が完璧な仕事をしたいという気持ちがあまりにも先走ってしまって、本来であれば分業として機能させるべき工程管理の考え方を無意識に追い出しにかかってしまうのです。

また、書類作成の多くをコンピューターに依存するようになってきてワイワイガヤガヤといった議論の場は消え失せ、HACCPプランはいつの間にかPC操作の得意な若手が一人でやるものといった流れができあがりつつあります。コーデックスHACCPの中であれほどHACCPチーム結成の重要性が謳われているのは、一人で考えていてもいい案は出ないことが明白だからです。ましてや、PC操作が得意ということと現場で何が起きているかを熟知しているということは別物です。

大学におけるHACCP研修

大学にもHACCPをその教程に取り込んでいこうという動きは出てきています。東京海洋大学湯川剛一郎氏によるHACCPシステム演習が食品流通安全管理専攻、博士課程で必須課目として設定され、そのコースは社会人にも開放されています(図1)。湯川氏が2018年に退官されたため 伝統の継承がうまくいくことを祈りたいものです。

東海大学では、食品科学専攻の学生たち向けにHACCPが必須課目として顔をだしています。

ユニークな試みとしては 日本保蔵科学学会HACCP管理者認定制度が私学系を中心とする相当数の大学で導入されているようですが、どのような大学が実際に加盟しているのかの総覧は見当たらないため、各年度の認定実績を参照するしかありません。

平成29年度でいえば、「大学教員(東京聖栄大、東京農大、近畿大・生物理工学部)大学院生・大学生(宮城大、東京農大、東京聖栄大、昭和女子大、山梨学院大、近畿大・生物理工学部、近畿大・工学部、梅花女子大、高知県立大、(独)水産大学校)の487名」が記されている他は、各年度の実績を随時参照するしかありません。ここに2017年に新設された中村学園大学 栄養科学部 フード・マネジメント学科も名前を連ねることになっています。そのほかにも、酪農学園大学、新潟食料農業大学、麻布大学にもHACCP管理者の名称が見えます。

この日本保蔵科学学会が使用する「HACCP管理者認定テキスト」にはまだまだ手が入れられていくことでしょうが、現時点では理解の容易さという面では改善の余地を残しています。また、北海道HACCPと連携した形、つまり地域との連携を強調した帯広畜産大学の取り組みもまたユニークですが、自治体HACCPでコーデックスHACCPと同等といえるものは現在はありませんので、地域のHACCPからグローバルHACCPへとどう橋渡ししていくのか、興味深く見守っております。

明確に言えるのは、大学教育のすべてを合わせても毎年の修了者は千の規模程度でしょうし、その程度の数では食品産業界からの理科系求人のごく一部しか賄えないこととなります。反対に、産業界からの大学へのHACCP管理有資格者要請の度合いは、まだまだ強いものではないことが見て取れます。

一方、より実践的にHACCPを運用していくことが期待されているはずの管理栄養士育成向けの教程では、厚生労働省のサイト2)に見られるように、国家試験では選択肢としてHACCPという語彙を含む設問が出てくることが稀にあるものの、HACCPの概念あるいはHACCPという手法を用いて実際に危害要因をどう管理するかというようなハウツーを問いかける問題は全く出てきません。

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089299.html

管理栄養士学校指定規則のなかには、学習課目としてのHACCPは存在せず、HACCPは他の学習課目の中に取り込まれる形で命脈を保っているにすぎません。調理実習に使用される教室が「HACCP仕様」であることは高々と謳われていますが、そのHACCP仕様というものが一体どんな内容なのかについての定義はどこにもありません。

こういった管理栄養士教程を卒業するものにとって、将来どのような職に就けるかは大きな関心事でしょうが、「求人ボックス」という管理栄養士・栄養士向けの仕事を紹介するサイト3)でも、2018年4月29日時点の求人、計605件の中に栄養士・管理栄養士免許という要件はでていても、HACCP管理者を要件とするような求人広告は一つもありません。これは食品加工などの学部卒業者についても同様で、求人サイトに「HACCPに詳しいこと、HACCPを担当できること」いう条件が出ているものを筆者は一度も見たことがありません。

大学側はHACCPの重要性にある程度は気づいており、学生に対してのHACCP教育を一部で導入してはいますが、企業側は大学でのHACCP教育にはいまだ格別の期待はしていないということなのでしょう。企業側からHACCPに詳しいと言われて採用した学生のHACCP理解に難点があったなどのフィードバックがあるわけもなく、大学と企業という、「人材の提供と採用」という2つのグループを結ぶコミュニケーションラインにHACCPという項目はまだ取り入れられていないことになります。

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